社会

上野千鶴子の半生からみる女性学 

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上野千鶴子さん、2019年4月、東京大学入学式での祝辞が話題になりました。

headline.yahoo.jpより

 

前年の東京医科大学の不正入試問題を挙げ、そのほかの医学部でも女子学生の比率の低いこと、東大の女子学生は飲み会でも学校を聞かれると「東大」といわず「東京の大学」」ということ、女子に生まれながらに求められる「可愛らしさ」には「相手を絶対に脅かさない保証」も含まれていること、などを述べ、「社会にはあからさまな性差別が横行している。東大もまた例外ではない」と続けました。

 

この祝辞はテレビなどマスコミでも大きく取り上げられたので、ご存知の方も多いでしょう。

 

女性学の第一人者とされる上野千鶴子さん。

 

彼女を女性学に向かわせたその原動力は何だったのでしょうか。

 

その原点を探りました。

 

 

上野千鶴子 生い立ち

 

北陸・富山の地で生まれた上野さん。

jisin.jp

 

父は開業医。母はその父を支える専業主婦でした。

 

上野さん自身は、3人兄弟の2番目の長女。

 

父から溺愛されて育ったといいます。

 

大正生まれにしては珍しく、ご両親は恋愛結婚。

 

しかしながら夫婦仲はあまりよくなかったとか。

 

敬虔な真宗門徒だった父は若いころに洗礼を受け、クリスチャンになって、モダニストで土俗から逃れたいという理想主義だったそうですが、結局は長男の呪縛から逃れられず、マザコンで、嫁姑の問題が起きれば必ず母親の味方に付く男だったそうです。

 

上野さん自身は、父親から溺愛されながらも父を軽蔑し、「夫選びを間違った、こどもさえいなければ…」と娘に愚痴を言う不幸な母を反面教師として育ちました。

 

当時、おそらく上野さんの母のような生き方以外、女性の選択肢はなかったでしょう。

 

女性が働くということも、結婚しないということも選択肢にはなかった時代です。

 

しかし、上野さんは、「女も手に職を持った方がよいと言いながら、大学は短大でいいと言うダブルメッセージ 」に強烈に反発します。

 

彼女が「おひとり様」を選んだのは、そんな母親に対し、あの親子関係を繰り返すことが耐えられないからだとのちのラジオ番組で語っています。

 

女だから進めた人生

 

高校の新聞部で社会性に目覚め

 

彼女は開業医の娘。兄と弟がいます。

 

高校は県立金沢二水高校に進学します。

 

「嫁にもらうなら二水卒」といわれたところで、父親が女子トイレを事前にチェックしてこちらがきれいだから決めてきたそうです。

 

そのころから、女の子同士でつるまない、でも成績がいい、はたから見れば「いやなガキ」だったそうです(笑)。

 

でも、高校時代には全国コンクールで優勝したこともある新聞部で活躍し、このころに社会性に目覚めたといいます。

 

修学旅行で出かけた広島で、朽ちかけている原爆ドームを目前にし、いてもたってもいられず募金活動をします。

 

 

その後、京都大学文学部へ進学。

 

父は男である兄や弟には医者へのレールをきっちりと敷いたそうですが、上野さん自身には「女だから」文学部への進学も許されたそうです。

 

女だから、「父は娘の人生になんの期待もしないし、責任を負うつもりもなかったということ」とのちの朝日新聞のインタビューで答えています。

 

学生運動で経験した性差別

 

京大に進学した上野さん。

 

とにかく家を出たかったそうです。

 

父親が実学志向だったので、逆に世間の役に立たないことをやって生きていこうと思ったといいます。

 

文学部でも、社会学は当時勃興中の学問。

 

語学も、死んだ人を扱う歴史も嫌い、と消去法で決めたといいます。

 

そんな京大生時代、彼女の同学年の学生が羽田闘争でなくなります。

 

上野さんは、この追悼デモで初めてデモに参加します。

 

その後の第二次羽田闘争に参加していきますが、その中で、あからさまな性差別も体験します。

 

お結びを握る、逮捕者の差し入れはすべて女の仕事。

 

「戦争も闘争も、暴力化していくほどジェンダーの差は際立つ」

 

この現実をいやというほど味わいます。

 

ゲバ棒を握って革命兵士として男並みになろうとしても二流の男にしかなれないし、そうでなければ女の指定席に甘んじるしかない。

朝日新聞 インタビュー

 

そしてそのころ、バリケードのなかではフリーセックスの時代。

 

同志と思っていた男もただのオスだったという絶望感。

 

機動隊により、京大のバリケードが解除されますが、その後大学に行く気がしなくなり、1年留年します。

 

「東大入試を粉砕して大学解体と言っておいて、大学院に進んだのは仲間の中で私だけ。負い目があります。 」

朝日新聞 インタビュー

 

上野さんが進学を報告しに行った教授に「終了したらどうするの」と聞かれ「何も考えてない」と言ったら「女の子はそれがいい」といわれたそうです

 

男性が女性をどう見ているか、この一言に表れている気がします。

 

 

大学教授として

 

上野千鶴子さんは、いざ就職と思ったとき、求人には女性を求めるものは皆無に等しかったといいます。

 

「男子のみ」の求人がほとんどで「女子のみ」「男女とも」というのは風俗かパチンコ店しかなかったと。

 

選ぶ余地なく教職に就きます。

 

初めに教えたのは短大。

 

ただ、学生は本も新聞も読まず、授業もきかない…。

 

でも彼女らは本を読まない代わりに権威主義もひとかけらもない。

 

また、反応が率直でわかりやすい。

 

彼女らに「面白い」と言ってもらえるのがやりがいになったといいます。

 

その後、東大に迎えられることになります。

 

ここで、上野さんは教職の醍醐味を味わいます。

 

私は要求水準の高い教師で、「こんなものでいいと思ってるのか」と毎回真剣勝負をやってきたから、上野ゼミのテンションは高かったし、それを求める学生が集まってきた。

朝日新聞 インタビュー

  

このインタビューの中で教師になってよかったとこんな思いを述べています。

 

私は子どもを産んでいないし、育てたこともないのだけれど、目の前で学生が、竹が皮を破ってバリバリと音をたてるように育っていくのを見る。親も見られない場面を、教師だから見ていられる。なんていい職業かと思います。

朝日新聞 インタビュー

 

 

議論を呼んだ”東大入学式祝辞”

 

上野千鶴子さんといえば、2019年東大入学式での祝辞。

 

「よくぞ言った」というものから「入学式の祝辞でいうことか」という声まで、まさに賛否両論。

 

それは、こんな祝辞でした。

 

上野千鶴子 東大入学式祝辞 全文はコチラ

  

弱者が弱者のまま尊重される思想

 

「女性学」や「フェミニズム」というと男女が同等に、と勘違いする人も多くいます。

 

しかしながら、その骨格や筋力、性質からすべて同じようにふるまうことができるはずがありません。

 

そう思う人が、学生運動では女性にゲバ棒を握るようにいい、会社でも夜勤も肉体労働も同じようにできないことに腹をたてます。

 

男女平等とは決して、男性も女性もすべて同じことをする、ということではありません。

 

それぞれがそれぞれの長所も欠点も認め、「その人」として尊重することです。

 

これは、最近目立ってきたLGBTや発達障害を抱える人など、これまで生きづらさを感じてきた人たちの、その多様性を認めようという動きとなんら変わりがないと感じています。

 

弱者が弱者のまま尊重される。

 

上野さんはこう言います。

 

女はもともと弱者なんだから、「男並み」の強者になろうなんてせず、弱者のままでいい。要介護になっても、ボケても、安心できる社会になればいいんです。

朝日新聞 インタビュー

 

男だから、女だから、ではなく、人間として、安心できる社会であればいい。

 

そんな社会の実現のためには、私たち一人一人の行動も必要になってきています。

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